top of page

ある春の日

  • hirosquirrel
  • 2018年4月13日
  • 読了時間: 1分

度重なる出張で少し疲れたというか、出張そのものに飽きてきたので、気分を変えようと思い久しぶりに村上春樹を手に取り新幹線に乗り込んだ。普段はめったに中古の文庫を買うことはないのだが、珍しく書庫の奥のほうにブックオフで買ったと思われる村上の旅行記の文庫を見つけ何気なくカバンに放り込む(いつ買ったのか思い出せない310円の300ページほどの文庫だ)。 読み進めているうち、最後のほうで、角が折り込まれたページがあることに気がついた。そこには黒のボールペンでしっかりと囲みがされたパラグラフ。「人は年をとればどんどん孤独になる。ある意味では僕らの人生というのは孤独に慣れるためのひとつの連続した過程に過ぎない」。シダー・ウォルトンのNew York Timesを聞きながら、うんうんと納得していたら、もうすぐ東京であった。早春の休日の朝の些細な出来事である。


 
 
 

最新記事

すべて表示
「彼岸との交感 ― 生の淵にて」

この夏、私は「死」という輪郭なき存在と、いく度も静かにすれ違った。それは喪失でも絶望でもない。むしろ、時空の裂け目から滲み出る、生の根底にある「異質な気配」との邂逅であった。 恐山にて、風は語らずして語った。硫黄の匂いと、岩場に散る風車の回転音。そこには死者の沈黙があったが...

 
 
 
アクラの風

以前、がん免疫療法の父と呼ばれたWilliam Coleyと野口英世との接点に関するエッセーを書いた。それからいくつもの論文や著作をみてみたけれど、結局のところ接点は見つかっていない。生成AIに聞いてみた。もし二人に何等かの接点があったら?そうしたら以下のエッセーを作ってく...

 
 
 
あなたを覚えてる

『あなたを覚えている』 最初に出会ったのは、静かな場所だった。 光は柔らかく、水音のようなリンパの流れが、遠くで揺れていた。 彼は小さなT細胞。まだ誰のことも知らず、何ひとつ戦ったこともない。 胸腺という聖域で、彼は夢を見ていた。...

 
 
 

Comments


bottom of page