top of page

夏が終わる

  • hirosquirrel
  • 2018年9月7日
  • 読了時間: 2分

今年は豪雨と台風そして昨日の地震災害とひどい夏だった.

不幸に至った皆様のご冥福を心よりお祈りすると共に,一日も早い復旧を願うばかりである.

そんな今年の夏もようやく過ぎようとしている.そして夏の終わりになると思い出す出来事がある.

ある年の夏,古い恩師が訪ねてきてくれた.不肖の弟子を心配してのことだったのだろう.久しぶりの再会を祝って,ワインを開けた.キャンティクラシコだ.二本のボトルがテーブルに並んだ.いつも厳しい恩師の顔が心なしかほころんだ.酔いが進むにつれ,恩師はぽつぽつと話をしはじめた.偶然私が選んだワイン,それが彼女(恩師とは女性である)の思い出のワインだと教えてくれた.記念に二本のうちの一方のラベルを恩師にプレゼントした.彼女は静かにほほえみ,私の思い出に出てくるビンテージがなぜ分かったのかしらと問うた.二つのビンテージのうち私が選んだものは全くの偶然,手元から遠いほうのボトルを選んだだけだった.帰り際に,ありがとうの言葉を残して,恩師は静かに去っていった.あの厳しい恩師にありがとうなんて言われたのはいつ以来だろう,そんなことを思いながら彼女の後ろ姿を見送った.あれから先生には会っていない.敬愛するアルゼンチンの作家ボルヘスはこう言った.時間とは永遠に連なる偶然の積み重ね.しかしそのひとつひとつには奇跡が詰まっていると.世知辛い世の中だけど,きっと小さな奇跡はあちらこちらにちりばめられているに違いない.そういえばあの夏も暑かった.

朧夜を葡萄の色に酔ひにけり

カステッロ・ディ・アマ


 
 
 

最新記事

すべて表示
「彼岸との交感 ― 生の淵にて」

この夏、私は「死」という輪郭なき存在と、いく度も静かにすれ違った。それは喪失でも絶望でもない。むしろ、時空の裂け目から滲み出る、生の根底にある「異質な気配」との邂逅であった。 恐山にて、風は語らずして語った。硫黄の匂いと、岩場に散る風車の回転音。そこには死者の沈黙があったが...

 
 
 
アクラの風

以前、がん免疫療法の父と呼ばれたWilliam Coleyと野口英世との接点に関するエッセーを書いた。それからいくつもの論文や著作をみてみたけれど、結局のところ接点は見つかっていない。生成AIに聞いてみた。もし二人に何等かの接点があったら?そうしたら以下のエッセーを作ってく...

 
 
 
あなたを覚えてる

『あなたを覚えている』 最初に出会ったのは、静かな場所だった。 光は柔らかく、水音のようなリンパの流れが、遠くで揺れていた。 彼は小さなT細胞。まだ誰のことも知らず、何ひとつ戦ったこともない。 胸腺という聖域で、彼は夢を見ていた。...

 
 
 

Comentarios


bottom of page