top of page

マリス ヤンソンス

  • hirosquirrel
  • 2019年12月23日
  • 読了時間: 2分

更新日:2020年1月30日


11月30日 ロシアの偉大な指揮者であるマリスヤンソンスが76歳で亡くなったと報じられた。

かのカラヤンにも師事し日本にも数多く訪れた。私は2001年から2004年の間米国ピッツバーグ市に住んでいたが、その時たった一度だけ彼の指揮するラフマニノフのシンフォニーを聴くことができた。マリスはその時ピッツバーグシンフォニーの首席指揮者を務めていたのだ。首席指揮者とはいえ、そう易々とステージに上がる訳ではなかったようだが、運良くその日のチケットが手に入った。とても寒い冬の夕暮れに家族4人連れ立って路線バスに乗り込んだ。バスストップからしばらくクリスマスのイルミネーションが輝く街並みを歩いた。

夕刻から降り出した雪がアスファルトの路面を濡らし,行き交う車のヘッドライトを映し出していた。ホールに到着すると、着飾った多くの観客が開演を待っていた。そしていよいよ開演。演題はシンフォニー2番ヴォカリーズ、第一楽章、第二楽章が終わり、第三楽章が始まった。有名な切なくメロディアスな旋律が始まった。その時、急に自分の全身の皮膚に鳥肌が立つのがわかった。決して感情的すぎず、しかしながら機械的でもなく心の奥底を揺さぶる演奏に、自分の心と身体が勝手に呼応した。音楽とはこれほど人の心に入り込むことが出来る芸術であったとは。自身の経験の浅はかさを恥じ、そして音楽の深みに感じ入った一瞬。

冬になり、クリスマスソングが街に流れる季節になると、決まってあの一瞬が蘇る。

あの時小学生だった子供たちはもうとっくに成人した。もちろんあの時を覚えてはいまい。それでもこれからこのような感動に幾たびも出会うのだろう。そうして人生を深めて行くはずだ。

あっという間に20年近くの月日が流れたのだな、と夏目漱石の夢一夜に出てくるセリフを気取ってみる。人生は決して長くはないが、生きるに価値のある道のりだ。

福島市 土湯

福島市 土湯温泉


 
 
 

最新記事

すべて表示
「彼岸との交感 ― 生の淵にて」

この夏、私は「死」という輪郭なき存在と、いく度も静かにすれ違った。それは喪失でも絶望でもない。むしろ、時空の裂け目から滲み出る、生の根底にある「異質な気配」との邂逅であった。 恐山にて、風は語らずして語った。硫黄の匂いと、岩場に散る風車の回転音。そこには死者の沈黙があったが...

 
 
 
アクラの風

以前、がん免疫療法の父と呼ばれたWilliam Coleyと野口英世との接点に関するエッセーを書いた。それからいくつもの論文や著作をみてみたけれど、結局のところ接点は見つかっていない。生成AIに聞いてみた。もし二人に何等かの接点があったら?そうしたら以下のエッセーを作ってく...

 
 
 
あなたを覚えてる

『あなたを覚えている』 最初に出会ったのは、静かな場所だった。 光は柔らかく、水音のようなリンパの流れが、遠くで揺れていた。 彼は小さなT細胞。まだ誰のことも知らず、何ひとつ戦ったこともない。 胸腺という聖域で、彼は夢を見ていた。...

 
 
 

Comentários


bottom of page